林地生産力の正確な把握によって適正な土地利用計画をたて、適木の選定や収穫予測を的確に行い、地力の維持、向上をはかり、生産性を向上させることは、これからの林業経営にとってきわめて重要である。このためには、森林土壌の動的性質を生産力の立場からとらえ、土壌の肥沃度を明示しうる因子によって、土地を区分、評価することが必要である。
本研究は茨城県下のスギ林を対象に、土壌の化学的性質と林木栄養に重点をおき、環境と土壌と林木の成長との関係を調べた。そして客観的に、数量的に摘出される土壌の化学的因子を基準として肥沃度の立場からの森林の区分法を検討するとともに、実地の成長予測を試みたものである。なお、多次元のデータを解析し、分類基準に客観的な根拠を与えるために、主成分分析法や重回帰分析法のような統計的手法を電算機によって適用した。
研究の概要は次のとおりである。
Ⅰ環境解析による地域区分
(1)生産力を比べる前提として、森林土壌の分布や性状に地域性を与える環境条件を、気候や地質、地形のような環境構成因子の類型化によって区分、整理し、15の環境区を区分した。その結果、環境と、土壌の分布や森林の生育、分布などの間に対応が認められた。
Ⅱ土壌型による生産力の比較
(2)多数の調査結果から明らかなように、茨城県のスギ林の環境は、古生層の砂岩、粘板岩からなる八溝環境区と、花崗岩、変成岩類からなる里川環境区、および第3紀層の凝灰質砂岩、頁岩からなる珂北環境区の3環境区によって代表される。そこで本研究は、これらの3つの環境区の66林分のスギ壮齢林を対象に行った。その結果は次のとおりである。
(3)同一環境区内では、土壌型と、土壌の化学的性質ならびに針葉の養分濃度間には対応関係があり、pHやCa飽和度、針葉のN濃度とP濃度などは、乾性のBB型土壌から湿性のBE型土壌の方向に高まり、C/N比は反対に低くなる傾向が認められた。そして、粒状構造や、有機物層の形態であるmorまたはmoderが特徴である乾性土壌のC/N比は一般に16以上の値をとり、団粒状構造やmullの発連する湿性土壌のC/N比は16以下、Ca飽和度は20%以上の値となることが明らかにされた。
(4)スギの成長量は乾性土壌から湿性土壌の方向に増大するように、大まかには一定方向の関係が認められる。しかし、同一環境区の同一土壌型内でも、針葉の養分濃度に反映される林木の栄養状態によって成長量はかなり相違することが明らかにされた。
(5)環境区間の土壌の化学的性質ならびに針葉の養分濃度の相違を、同じ土壌型で比べると、土壌中の養分含有量は八溝環境区ならびに里川環境区と、珂北環境区との間でいちぢるしく異なった。この差は気候や母材、地形など、生成環境の相違に由来するものと考えられた。
(6)以上の結果から、土壌断面の形態的特徴によって分類された土壌型は、実地の区分には有用であることがわかった。しかし土壌の化学的性質や林木の栄養状態は、土壌型からは直接的には把握されず、またこれが同一環境区の同一土壌内でも林木の成長に影響していることが明らかにされた。このことから、土壌型に針葉の養分濃度を加味すれば、より高い精度でスギの成長量が推定されると考えられた。
Ⅲ土壌の化学的性質および針葉の養分組成による生産力の比較
1.土壌の化学的性質および針葉の養分組成とスギの成長
(7)重回帰分析の結果、土壌の化学的性質および針葉の養分濃度のいずれについても、高い水準の相関でスギの成長量が推定され、化学的性質が林木の成長に対して重要であることが明瞭にされた。また標準偏回帰係数からは、すべての環境区について、土壌Nの成長に対する高い奇与がうかがわれた。
(8)しかしながら、林木の成長と関係の深い因子は環境区によって異なることが明らかにされた。すなわち、土壌の化学的性質の場合、単純相関係数からは、スギの成長量と相関関係の高い因子は、八溝環境区と里川環境区ではpH、y1、置換性Ca、Ca飽和度など、Ca飽和度で代表される一因子と土壌のC/N比(-)、Ca/K比、Ca/Mg比などであるが、珂北環境区では、土壌のMg/K比(-)となり、環境区によって個々の化学的因子の林木成長に対する関係の強さが異なった。
土壌の化学的性質とスギの成長量の相関図からは、八溝と里川両環境区では、pH>5.4、置換性Ca>6m.e.(乾土100gあたり)、Ca飽和度>20%、C/N比<16、置換性塩基相互のおよその含有比が、Ca:Mg:K=15:2:1の場合にスギの成長が良く、pH<5.0、置換性Ca<2m.e.、Ca飽和度<5%、C/N比>20、置換性Ca/K比、Ca/Mg比<3の場合に成長が悪く、また珂北環境区では、土壌のMg/K比>3の場合に成長が悪いことが明らかにされた。
(9)針葉の養分組成では、八溝、里川両環境区の場合は、針葉のN濃度、P濃度、K濃度(-)、針葉のN/K比、K/P比(-)なとが、珂北環境区では、針葉のP濃度、Mg濃度、N/P比(-)、K/P比(-)なとが、スギの成長に対して有意な相関関係を示した。そして、針薬の養分組成についても成長に対する関係は環境区によっ異なることが明らかにされた。
相関図から、スギの成長に適した針葉のN濃度は1.5%以上、P濃度は0.15%以上、針葉のN/P比は10内外、N/K比は2.1~3.3、K/P比は2~5程度であることが明らかにされた。
2.針葉の養分濃度と土壌の化学的性質
(10)林木の主要養分であるNやPとスギの成長との関係について、葉分析値では密接な相関関係があるのに対して、土壌中のこれらの養分の含有量と成長量との間には、明瞭な傾向が認められない。この理由は、養分の有効度あるいは養分吸収作用の介在のためと考えられるので、吸収結果の反映である針葉の養分濃度と、土壌の化学的性質の対応関係を解析した。その結果は次のとおりである。
(11)ほとんどの養分について、土壌中の養分量の多少が、かならずしも針葉の養分濃度に反映されるとは限らないことが明らかにされた。
針葉のN濃度やP濃度に対しては、土壌中におけるこれらの養分の存在量よりも、むしろ他の化学的性質の方が高い相関を示した。すなわち、八溝、里川環境区では、pH>5.4、土壌のCa/K比、Ca/Mg比>3の場合には針葉のNとPの濃度が高く、pH<5.0、土壌のCa/K比、およびCa/Mg比<3では低い濃度をとる傾向が認められた。珂北環境区の針葉のP濃度は、土壌のMg/K比<3では高いが、>3では低くなる傾向を示した。
なお、針葉のN濃度とP濃度は、C/N比<16では高く、>16では低くなるところから、この値をNやPの可給性に対する指標値と考えた。
(12)以上の成績から、NやPの有効度に対しては、土壌の酸性が強い八溝環境区と里川環境区では、置換性Caの存在量や存在状態、およびそれらを背景とする土壌反応などが影響をおよぼし、有効態P含有量の少ない珂北環境区では、Pの吸収に置換性塩基間の成分比が関係することがわかった。
(13)針葉のN濃度やP濃度と、pH、C/N比、置換性塩基間の成分比などの相関の傾向は、これらの因子とスギの成長量間に存在する相関の傾向と良く対応する。このことから、土壌の化学的性質とスギの成長量との間の関係は、養分の有効度、あるいは林木の栄養状態を反映する針葉の養分濃度を介して解釈されることが明らかにされた。
(14)そして、本研究のスギ林における成長制限因子は、結局はNやPの供給能力を左右する土壌の化学的性質であり、そして成長制限因子は、腐植含有量や置換性塩基含有量の相違する地域ごとに特徴的に異なることが実証された。
Ⅳ土壌の化学的性質による森林立地区分
1.化学的性質の地域性
(15)土壌の化学的性質は林木の成長と密接にかかわり、林地生産力に地域特徴を与える重要な要因であることが明らかにされた。そこで、土壌の化学的性質の立場から土地区分を行うにあたって、化学的性質のとる地域パターンが、環境や、土壌の分布、種類などとどのように対応するか、さらに土地分類の基準となる化学的性質の指標因子は何かを、電算機を用いた主成分分析法によって調べた。
主成分分析法は、測定された多くの化学因子を少数の総合特性値(主成分)に要約し、さらに各林分を、主成分のとる値によってタイプわけしてパターンを得るという統計学的手法である。その結果は次のとおりである。
(16)3環境区66林分の土壌の化学的性質の分析データに、主成分分析法を適用した結果、pHほか10項目の化学的性質が、全情報(totalvariance)の77.5%を説明する3つの主成分に要約された。そして、要約された主成分によって、土壌の化学性パターンを求めた結果、そのパターンと、環境区および土壌の種類には対応が認められた。
そして、こうしたパターンを分ける主成分は、土壌反応、置換性Ca含有量など、その寄与率の大きさからは、Ca飽和度に代表される一連の成分(第1主成分)と、Cで代表されるCおよびNなど土壌の有機物含有量(第2主成分)であることが明らかにされた。
(17)すなわち、多雨・低温の八溝環境区と、酸性の母材からなる里川環境区の土壌は、C含有量、N含有量には富むが、Ca飽和度が低く、酸性の強いパターンを示す。比較的高温で寡雨の珂北環境区の土壌は、両環境区とは反対のパターンを示す。
統計学的に摘出された主成分の作るパターンが環境条件と良く対応することは、生成論的にも根拠のあることといえる。こうした関係が、他の地域についても成立することは民有林および国有林の土壌調査、その他多くの資料からも類推される。
(18)腐植含有量とCa飽和度は、養分供給能力を示す根本となる因子である。両成分は、微生物活動にも影響を与えるほか、土壌構造の生成にも関与するなど、土壌の動的性質を表わす重要な指標である。またこれらの成分は生成環境を反映し、両成分の作る化学性パターンは環境と良く対応する。したがって、両成分を分類の基準とする土地の区分は、生成論的にも生産力的にも意義があると考えられる。
2.土壌の化学的性質ならびに針葉の養分組成における適正値
(19)スギ林の成長量を予測し、生産力区分に資するため、土壌の化学的性質ならびに針葉の養分濃度における判定値を既往の研究成果をも考慮して求めた。
3.森林立地区分
(20)森林立地区の区分
環境区や土壌の種類別の分析データによると、土壌のC含有量は3水準、Ca飽和度は2水準に分けられるので、両成分の組合せから6つの森林立地区を区分した。森林立地区と主要分布土壌の関係は次のとおりである。
そして、(1)で区分された15の環境区は、国有林の土壌調査における化学分析値、民有林の適地適木調査における土壌断面の形態、その他の環境に関する資料などから、第29表の6つの森林立地区に統合される。
(21)「Ca飽和度大」の系列の、森林立地区ⅠにはBE型土壌の一部が、立地区Ⅱには気候区分の「中間」気候区に含まれる第3紀層山地および丘陵地の褐色森林土が、立地区Ⅲには「寡雨」気候区の第3紀層丘陵地に分布する褐色森林土がそれぞれ該当する。「Ca飽和度小」の系列の立地区Ⅳには、火山灰性黒色土壌(黒ボク土)と、「多雨・冬季低温」気候区の山地に分布する褐色森林土の乾性土壌の一部が該当する。また、立地区Ⅴには「多雨・冬季低温」および「中間」気候区の褐色森林土壌が、そして立地区Ⅵには「夏期低温・冬季高温」気候区の丘陵地に分布する褐色森林土の黄褐系土壌、および「寡雨」気候区の県南平野部に分布する淡色黒ボク土が該当する。
(22)そして(12)~(14)で明らかにされたように、C含有量とCa飽和度の両成分のとるパターンにより、土壌と林木の成長との関係は異なる。また土壌の化学的性質から分類された森林立地区が、A層の発達程度や排水の良否など、土壌の断面調査から判断される物理的性質の地域性や植生の分布上の特徴ともよく対応することから、この立地区分法が生産力区分に適切であることが確かめられた。
(23)森林立地単位の区分
実地の生産力区分である立地単位の区分は、森林立地区分の分類基準であるCa飽和度の大小を基礎分類とし、土壌型に針葉のNとPの濃度を加味し、地位指数で示した。
化学的性質と土壌型を用いた森林立地区分、立地単位の区分によってスギ林の生長量が良く推定されるとともに、生産力と、その地域性が動的に把握されたといえる。
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