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更新日:2024年10月27日
11月13日は茨城県民の日。
私たちが住む茨城は昔、どんな様子だったのでしょうか。
時空を旅するタイムトラベラー「ふうと」が、茨城のはじまりをご紹介!
さあ、茨城のはじまりをのぞいてみましょう。
常陸の国は、国広く、山も遥かに、田畑は肥え、
広野の拓けた良き国である。
海山の幸にも恵まれ、人々は安らぎ、
家々は満ち足りている。―常陸国風土記より
フォロワー数280万人の自称インスタグラマー。
自分の名前の由来である風土記が大好きで、時空を司る妖怪タイムと一緒に、タイムトラベルをして写真を撮っている。
東国を巡っているヤマトタケルノミコトと一緒に、海の幸を食べたよ。村のみんなは、いつも夜になると酒を飲んで、歌を歌って、悩みなんて忘れてしまうんだって。僕は、お酒は飲めないけど、楽しかったなあ。 |
行方郡に、角の生えた蛇が出て騒ぎになっているらしく、見に行ったよ。 |
霞ケ浦に、昔は島があったんだね。そこでは塩づくりが行われていて、僕も見学させてもらったよ。せっかくだから、スマホで写真を撮ってもらったら、「この板は何?」って聞かれちゃった! |
八溝山の辺りに行ったら、砂金がザクザク取れていてびっくり! |
突然現れた茨の城!どうやら黒坂命(くろさかのみこと)が、山野の賊と戦うために築いたみたい。 |
水海道で、立派な武人が馬に水を飲ませていたよ。 |
1871(明治4)年7月の廃藩置県により、全国に3府302県が置かれました。同年11月の府県の統廃合によって、茨城県、新治県、印旛県が生まれ、その後、新治県、印旛県との統廃合を経て、1875(明治8)年5月に、ほぼ今の茨城県の形となりました。
県のマーク「県章」 開き始めた「ばら」のつぼみのデザインで、県の「先進性」「創造性」「躍動」「発展」を表しています。 |
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県の花「ばら」 | |
県の木「うめ」 | |
県の鳥「ひばり」 | |
県の魚「ひらめ」 |
和銅6年(713年)、元明天皇は全国に向けて次の内容を提出するよう命令しました。
当初は、「風土記」という書名は公式ではありませんでしたが、平安時代には風土記という総称で呼ばれるようになったと考えられています。
「常陸国風土記」、「播磨国風土記」、「出雲国風土記」、「豊後国風土記」、「肥前国風土記」です。
作成時期や編纂者が明らかになっており、完全な形で伝承されているのは「出雲国風土記」のみですが、他の4つの風土記も当時の様子を知る貴重な資料です。
中でも「常陸国風土記」は、唯一東国を記述したものであり、古代東国を考える際に参考にされています。
もともとはありました。ただ、千年以上前に編集されたものなので、長い年月が過ぎるなかで失われてしまい、残されていません。ごく一部が他の書物に引用されるかたちで伝えられています。
風土記に「夏の暑い時に、遠近の村から男女が集まり、食べたり、飲んだりして楽しんでいた」と、憩いの場として記された泉が残っています。
日立市水木町2丁目22-1泉神社内
筑波郡の郡役所跡と考えられる国指定史跡。高床式倉庫が復元されています。
※令和7年3月14日(予定)まで再整備工事に伴う立ち入り禁止区域あり
つくば市平沢353写真提供:つくば市教育委員会
風土記に「天の大神の社(鹿島神宮)、坂戸の社、沼尾の社、三処を合わせて、総べて香島の天の大神という」と記されています。
鹿島神宮(楼門)
鹿島神宮:鹿嶋市宮中2306-1/坂戸神社:鹿嶋市山之上228/沼尾神社:鹿嶋市沼尾1298
11月13日の県民の日に合わせて無料や割引になる施設、イベントやサービスなどご紹介。
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